提供型生殖補助医療について

イギリスの出自を知る権利

ワーノック委員会の設立

1978年、世界初の体外受精児がイギリスで誕生し、1982年に生殖医療について検討するワーノック委員会が設置されました。

ワーノック委員会は、1984年に生殖医療に関連するワーノックレポ―トを発表し、このレポートにもとづいて、1990年にはヒト受精および胚研究に関する法律(Human Fertilisation and Embryology Act 1990—HFE法)が制定され、1991年にヒト受精および胚研究認可局(Human Fertilisation and Embryology Authority: HFEA)が設立されました。

1990年に制定されたHFE法は、精子提供・卵子提供で生まれた人の出自を知る権利に関する内容を、2004年、2008年、2015年と3回改正しています。

1990年HEF法

まず、1990年HEF法では、1991年7月以降に提供精子で生まれた18歳以上の人は、ドナーを匿名のまま、ドナーの身体的特徴や職業、趣味などの基本情報の開示を求めることができるようになりました。しかし、1991年7月以前に生まれた人にはドナーの匿名情報であっても開示請求を認めないとされました。

2004年HEF法改正

2004年には、HFE法の1回目の改正が行われ、18歳以上の生まれた人はドナーの身元を特定できるドナー情報の開示を認められるようになり、これは2005年4月から施行されています。

2005年4月以降の生まれた人は18歳になればドナーを特定できる情報を請求できるようになりました。すなわち2005年より、精子や卵子のドナーは、あらかじめ自身の情報の開示に同意することが求められるようになったのです。

この改正には、AIDで生まれたのジョアナ・ローズらがHFEAを相手に起こした裁判に影響を受けたと言われています。(Joanna Rose & Anor vs. Secretary of State HFEA (2000))

2008年HEF法改正

2008年の2回目のHFE法の改正では、2005年3月以前に配偶子提供した匿名のドナーも、自発的な意思で自分の情報を開示してもよいという場合には、その情報を登録することができるようになりました。

2015年HEF法改正

そして2015年の3回目の改正法では、ミトコンドリアに由来する重篤な疾患を避けるために、卵子核移植(MST)や前核期核移植(PNT)のために提供卵子や提供卵子で作成した胚を用いることが認可され、ミトコンドリア提供で出生した18歳以上の者については、ドナーを匿名のまま、ドナーの身体的特徴などの基本情報を得る権利を付与するという内容が盛り込まれました。

イギリスのドナーリンク

2004年の法改正のときに、法施行以前に生まれた人には、ドナー情報を請求する権利権利は付与されず、生まれた時期によって知る権利に格差が生じることになりました。

そこで、2004年に保健省のMelanie JohnsonによってUK DonorLink(UKDL)がロンドンに設立されました。活動は英国保健省から資金提供を受けて運営され、DNA検査によるデータベースを活用して、ドナーや同じドナーから生まれた人を探すドナーリンキングを実施するようになりました。

UKDLは公的機関だったので、利用者は登録料や会費を支払う必要がなく、カウンセリングやなどのサービスも無料で利用することができました。

DNA検査を実施する前や結果が出たあと、また、遺伝的なつながりのある者が判明し、コンタクトを取る場合などに、ソーシャルワーカーによる面談や心理カウンセラーによるカウンセリングが提供され、心理・社会的支援にも行われていました。

ドナーリンク・ジャパンは公的機関ではありませんが、UKDLのシステムについては、私たちもおおいに参考にしています。

しかし2012年12月、英国政府の財政の悪化から、UKDLへの資金提供の打ち切りが決定し、結果的に、UKDLは2013年3月をもって閉鎖されました。

それまでUKDLが保管していた登録者のDNAデータは、Donor Conceived Register(DCR)に移管されたが、HFEAは2018年3月に、2018年5月以降、DNAデータベースを使ったドナーリンクのためのDCRへの資金提供も停止すると発表しました。

その理由は、民間のDNA検査会社が広く普及し、個人の責任でそれらを利用して、ドナーや同じドナーから生まれた人を探せばいいという考え方からです(Henriqus M., 2018)。

ですが、ドナーリンクには、やはり心理的・社会的支援は欠かせないと思います。私(仙波由加里)は、2017年にイギリスに調査に行った時、UKDLに登録していた自分と母親の情報が、DCRに移管されるときに、破棄されたという人に会ったことがあります。話を聞いて、その人の悲しみや落胆の深さを感じました。

ドナーリンク・ジャパンに登録されている当事者のデータも長く保管していかなければいけないと思うばかりです。 

(文責:仙波由加里)

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