提供型生殖補助医療について

AIDと日本産科婦人科学会の見解

AIDがなぜ匿名で行われているかを調べると、日本産科婦人科学会が「見解」で規制しているから、と言われます。ですが罰則がきまっている法律でもない、単なる「見解」ならば、特にこれを守らなくてもいいのではないか、という疑問は当然おこると思います。

日本産科婦人科学会の見解第一号は、1983年に出された「体外受精・胚移植に関する見解」です。1978年に世界初の体外受精ベビーが生まれ、日本でも応用されようとした時期でした。

この頃世間が体外受精を見る目は、今とは違います。「夢の技術」といわれる一方で、「子どもを『創り出す』ことは、神の領域で人間が触れるべきではない」、「生まれた子どもや、その子孫に異常は起こらないのか」と言う技術への強い不満・不安もありました。学会は専門家集団としてこの新しい治療について学会員が守るべき最低限のルールを公表し、治療を受ける患者さんやこれを行う医師を社会の批判や好奇の目から守ろうとしたのです。

ちなみにこの頃から、精子や卵子を他人から提供してもらってでも子どもを作りたい、という方もいらっしゃいましたが、体外受精そのものに懸念を示す意見も強かったことから、「とりあえず」夫婦自身の精子・卵子を用いたものに限るとしていて、このことはその後40年たっても変わっていません。

「見解」は法律ではありませんが、「学会から除名」される場合があります。情報交換に支障をきたすこの措置がある程度の強制力となって、あえてこれを無視しようという産婦人科医はこれまでほぼ、いませんでした。

AIDに対する見解がでたのは、1997年です。以前コラムでお話しした通り、インターネット上で精子提供者を高額で募る広告が出されたのがきっかけとなっているため(コラム「日本におけるAIDの歴史(2)転機と現状」参照)、この見解では、「精子提供は営利目的で行われるものではない」「営利目的での精子提供の斡旋もしくは関与または類似行為をしてはならない」と、営利目的を避けるための文言が繰り返されています。

このAIDの見解の中に、「精子提供者のプライバシー保護のために精子提供は匿名とする」という文言があるのですが、これは当時としては社会も、(私を含めて産婦人科)医師も、治療を受ける患者さんも至極当たり前のこととして、言ってみれば「法的に婚姻していること」と同様に自明のものとして受け取っていたこと、つまり現状を述べたに過ぎないものでした。

一方、2003年に生まれた方たちの声を受けて厚生科学審議会が「今後匿名での提供を今後やめよう」ということを含む答申を出したとき、子どもを不妊夫婦の法的な子どもとし、また提供者と子供に法律上のつながりがないことを確定させるために法改正が必要だったため、法改正がすむまで「匿名のAIDだけをしてください」と、厚労省から日本産科婦人科学会に文書で通達が出されます。

その後、この答申は国会で審議されて法律となるはずだったのですが、残念ながら廃案となってしまいました。

それから20年以上の月日が流れ、社会の「AIDの匿名性」に対する考え方も変わってきました。日本産科婦人科学会も2年ほど前から「出自を知る権利を尊重しよう」という考え方に変わって来ましたが、前述した「法改正がすむまでは匿名のAIDだけをしてください」という通達が20年たった今でも無効になっていないため、学会は自分できめた「見解」を変更できなくなってしまいました。現在は、行政の判断待ち、というところです。

ちなみに今、日本産科婦人科学会は当事者や、カウンセラーその他の医療職と連携して、少しでも「出自を知る権利」を認めていこう、と行政に働きかけています。学会独自の自主規制という状態から、いまは当事者や他の医療職の意見を聞きながら、行政に学会が働きかけているこの動きは、新しい時代の訪れを感じさせます。

(文責:久慈直昭)

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