熊本慈恵病院と内密出産
熊本市の慈恵病院では母子ともに危険な孤立出産を避けるために、そして親が育てられない子どもを匿名でも預かる「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を、2007年5月から全国で初めて運用を始めました。2020年度までに預け入れられた子どもは159人いました。子どもの出自を知る権利の保障と親の「匿名性」をどう両立していくかも、大きな課題として抱え続けてました。そこで慈恵病院は19年12月、担当者だけに名前を明かして病院で出産し、子どもが一定の年齢になれば母親の情報を知ることができる「内密出産」の運用も始めました。予期せぬ妊娠に悩み、駆けこむ女性は後を絶たず、2年間で21人が出産しています。熊本市と慈恵病院は2023年5月31日、生みの親が育てられない子どもを匿名で受け入れる同病院の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)などに関し、子どもの出自を知る権利を議論する検討会を共同で設置しました。検討会では「子どもの出自を知る権利」について課題を整理し、真実告知への支援や生みの親や家族の身元情報の管理や保存、開示の在り方を2024年末までに検討しまとめることを目指しています。
フランスでは1993年の法律に「秘密のもとの出産」が明記され、匿名での出産を認めています。それは長い歴史の中で匿名出産について整備されてきました。予期しない妊娠をした場合、その女性は妊娠6~9か月の頃まで妊娠を受け入れられず、どうしたらよいかわからない思考停止状態になる人が多いと言います。予期しない妊娠をした女性は、パリにある妊娠葛藤相談所(モイーズ)の心理士とソーシャルワーカーの資格をもった相談員から気持ちや葛藤を十分に聞いてもらい、女性が自分で出産後のことを判断し決断できるよう否定も肯定もせずに寄り添います。匿名出産を希望した女性はすべての産科病院で無料で出産することができます。
また法制化の前段階でフランスでは、1970~80年代から出自情報へのアクセスを求める声が高まり、2002年に国家機関「クナオプ(CNAOP)」が県ごとに配置されました。クナオプでは、①名前や住所など身元情報、②実母の国籍、匿名の理由など個人を特定しない情報の2つに分けて書類を保管します。子どもは18歳以上で①の開示を請求でき、開示を求める際には養親や心理士の立会いのもと行います。年間600人くらいの女性が匿名出産をしていますが、子どもへの情報提供を拒否した女性はⅠ人くらいだそうです。女性は生まれた子どもに自分の出自を知られたくない訳ではないのです。匿名出産を希望する女性は未成年だったり、学生だったり家族関係の問題からの親や家族、学校、職場などに知られたくないということなので、女性の思いは尊重されます。
妊娠葛藤相談所(モイーズ)では、実母の心のケアと養子縁組をする場合子どもにあてて手紙を残すよう推奨し、手紙を書くサポートもします(西日本新聞,2023年12月16日)。
熊本県民テレビニュースでは出産当時17歳の匿名出産の母の手紙が紹介されました。
「自分が望まれなかったと考えて私が与えた命を無駄にしないでください。それは違います。夢に見たような人生を送ってください。そうしたら私の希望はかなったことになる。小さい赤ちゃん、幸せでいてね。たくさんキスしています。あなたのことを想って。」
相談員による寄り添った関わりにより、実母が抱えていた不安が取り除かれると生まれた子どもに対する実母の真の思いに気づくことができるようです。その時の思いを手紙に残すことで生まれた子どもは自分の存在を肯定して人生を前に進んでいく手がかりになるのではないでしょうか。
検討委員会では、緊急下の妊娠した女性の権利も生まれた子どもたちの出自を知る権利も否定されることのない仕組みづくりを真剣に話し合っています。
(文責:森和子)